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長崎地方裁判所 昭和35年(行)3号 判決 1962年10月04日

原告 高島伝吉

被告 長崎県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三五年二月二三日原告に対してなした昭和三四年一一月八日招集の奈留町漁業協同組合総会の議決の取消はこれを行わない、との行政処分を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告の本案前の抗弁に対し、「一、本訴は原告、訴外岩村栄蔵、同吉田為市の固有必要的共同訴訟でない。この点に関する被告の主張は否認する。二、北川ら三名の役員の任期が昭和三六年五月一日満了し、現在では新役員が就任していることは被告主張のとおりであるが、北川ら三名が、本件解任決議により理事をやめたのか、右任期満了によりやめたのかによつて権利義務関係は同一でないから、現在尚原告には訴訟の利益がある。即ち、本件昭和三四年一一月八日の三理事解任決議が違法乃至無効ならば(1)同理事らによつてなされた本件組合の同年一二月一一日の理事会、同年一二月二三日の総会招集は適法有効であり、したがつて総会や理事会の議決も有効、その執行も勿論有効である。(2)同理事らの同年一一月八日以降受けた役員報酬や出張旅費も正当なものであり返還の義務等ない、(3)同理事らの組合長または専務理事としてなした銀行からの借り入れや、組合員に対する貸付も有効である。(4)その他本件組合の活動すべてが影響を受ける、のに反し、仮りに本件決議が適法有効でありこの旨認定した被告の本件行政処分が相当ならば右と全く逆の結論になるからである。」と述べ、

本案につき請求の原因として、

「一、原告は奈留町漁業協同組合(正組合員一、五六四名)の正組合員であるが、昭和三四年九月二〇日頃右組合の組合員白石正輔、江口長太郎、藤原甚之助らが組合員四三六名の連署を得たりと称し、水産業協同組合法(以下水協法と略称する)第四四条、右組合定款第三五条第一項第三号に基き、組合理事に対し、組合長北川勇吉、専務理事平山徹美、理事江口重之には、いずれも法令又は定款、若しくは規約に違反した行為があるという理由で、右三名の改選請求をなしたところ、組合理事会は同請求を理由なく無効であるとして同年一〇月七日全員一致で臨時総会を招集しないと議決した。

二、ところが、右江口長太郎は、監事たる地位を利用して、前記定款条項により臨時総会を招集したもので、昭和三四年一一月八日、同総会において前記北川ら三役員を解任する決議が行われた。

三、そこで原告は正組合員として訴外岩村栄蔵、同吉田為市と共に後記第五項の如き理由で前記白石らのなした役員改選請求は法定要件を具備せず無効でありこれを前提として監事江口長太郎が招集した右臨時総会はその手続に瑕疵がある違法のものであるとして、総組合員一〇分の一以上の一〇二八名の同意を得て、同年一一月一九日監督行政庁たる被告長崎県知事に対し、水協法第一二五条による右臨時総会の議決の取消を請求したところ、被告は昭和三五年二月二三日「昭和三四年一一月八日の奈留町漁業協同組合臨時総会の議決の取消はこれを行わない。」との行政処分を原告らに対してなした。

四、しかして右行政処分の理由の要旨は

(1)  本件役員改選請求は有効な署名者数三二〇によるもので法定署名数三一三(総組合員数の五分の一)を越え、右請求は有効である。

(2)  改選請求が有効なのに理事会が総会招集を拒否したのは違法であり江口理事の総会招集手続は適法である。

(3)  改選請求としては「法令または定款の違反」を理由としていればそれで十分である。その事実の存否は右請求の効力に消長を及ぼさない。

(4)  当該総会の議決の方法が当該組合の総会議事細則第一五条、第一六条に違反しても議決は無効にならない。

よつて白石正輔らのなした役員改選請求と江口監事がなした総会招集手続に違法はないから、同総会の議決(すなわち前記三役員解任の議決)は適法有効である。

と云うにある。

五、しかしながら右行政処分はつぎの理由で違法である。

(1)  白石らの前記役員改選請求は法定の定足数に足らずなされた違法がある。

水産業協同組合法第四四条第一項及び組合定款第三五条第一項第三号によれば、右請求は正組合員数一五六四名の五分の一たる三一三名の署名を要するところ、本件請求は形式的には四三六名の署名があるが、その中には非組合員、重復、為造等の無効署名が一三〇もあり、したがつて有効署名は法定数三一三名には達していない。

(2)  右役員改選請求の理由は根拠がない。即ち、

前記北川ら三名の理事就任は昭和三三年五月であるから改選請求の理由とした法令又は定款の違反事実は右日時以後のことでなければならぬのに、それ以前の昭和三二年度の事業をしかも故意に歪曲して述べている。また右事実に関連する事項は既に組合総会において合法として承認済みであり、且つ違反事実ありとするにはそれが現実に確認されることを必要とし、これが確認されるまでは、改選請求があつても理事会は総会を招集する必要がないものである。

(3)  江口監事の臨時総会招集手続は違法である。即ち、

水産業協同組合法第四〇条、前記組合定款第三五条第三項第一号によれば、理事が正当な理由がないのに総会招集手続をしない時のみ監事が臨時総会招集をすることになつている。本件の場合は前記(1)(2)の理由により改選請求手続が違法なので総会招集手続をしなかつたのであるから、右手続をしないことにつき正当な理由がある場合であり、江口監事の総会招集手続は権限の濫用であつて不法である。しかも初めに総会期日に指定した昭和三四年一〇月二五日には出席者が定足数に達せず流会となつたため、出席者には昼食代として五〇〇円支給する旨宣伝して同年一一月八日辛うじて三百数十名の出席を得て北川ら三役員の解任決議を強行したもので、これは法の悪用か権限の濫用に外ならない。

(4)  本件臨時総会の決議は組合の総会議事細則に違反した方法でなされた違法がある。

組合の総会議事細則によれば、採決は挙手、起立、記名又は無記名投票の何れかの方法をその都度、議長が総会に諮つて決める(第一五条)、採決は可否の両方について行い、必ず賛成を先にとらねばならない(第一六条)とあるのに右採決の方法は全く無視され、役員改選請求理由たる事実の有無について何等審議していないのみならず、二、三、組合員の賛成発言をもつて満場一致可決したとなしているのである。

よつて被告が以上(1)乃至(4)の各事実を審査認定しないで、形式的に役員改選請求の署名が法定数を超えているので適法であると誤つた認定をなし、また江口監事の総会招集手続及び総会の議決も有効であるとしたのは重大な瑕疵を看過したもので原告らの右議決取消請求を認容しなかつた本件行政処分は違法であつて取り消されるべきである。

六、本件行政処分に対しては異議又は訴願の申立が出来る場合であるかも知れないが、前記臨時総会の決議により形式的には北川ら三名の役員が解任され、組合の代表者が存在しない状態となつたので、異議又は訴願の手続を経ることにより組合業務の遂行に関し著しい損害を生ずる虞れがあるので行政事件訴訟特例法第二条但書により、右手続を経ないで本訴に及んだ。」と述べた。被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、本案前の抗弁として、「一、昭和三四年一一月八日の本件解任決議の取消請求を被告に対してなした者は、原告と岩村栄蔵と吉田為市の三名であり、被告は右三名に対し、右決議を取消さないとの行政処分をしたのであるから、これに不服の場合は右三名が必要的共同訴訟人として訴を提起すべきところ、原告は単独で本訴を提起しているから、正当な当事者適格を欠くものである。二、原告は、本訴において、北川勇吉、平山徹美、江口重之の三理事を解任した昭和三四年一一月八日の総会の議決の取消を水協法第一二五条に基いて被告に求め、被告がこれを行わないとの行政処分をしたのでこの取消を求めるところ、右北川ら三名の役員の任期は昭和三六年五月一日をもつて満了し、現在は、新役員が就任しているから、もはや訴訟の利益は失われているというべきである。」と述べ、

答弁として、「請求原因事実中第一項乃至第四項は認めるが、第五項の本件行政処分は違法であるとの原告の主張はすべて否認する。即ち(1)白石らの役員改選請求は署名者数が法定数に達していた、(2)役員改選請求の理由としては被改選請求者の違反事実が確認されたものであることを要せず、違反を理由とすれば足りる、(3)本件臨時総会の招集手続に違法はない、(4)総会の決議が議事細則に違反しても当然無効ではない。」と述べた。

理由

職権をもつて、原告が本訴で取消を求める被告の行為が、行政事件訴訟特例法一条所定の行政処分に該当するか否かについて検討する。

一、原告が正組合員たる奈留町漁業協同組合(以下奈留町漁協という)は水産業協同組合法(以下水協法という)により設立された組合であること当事者間に争なく、同法による組合は設立に行政庁の認可を要するけれども、小規模漁民の相互扶助を目的とし、その設立は任意にして且つ組合員は任意に加入脱退ができ、法令又は定款による限度はあるが組合員に対し利益分配をも行うものであつて、同法の規定を仔細に検討しても公法人的性格を有せず、純然たる私法人である。したがつて同組合内部の私法上の紛争、すなわち組合の設立、組合総会の決議ないし組合機関の選挙、組合と組合員間の法律関係の有効無効に関する紛争は、それが組合又は組合員等の権利義務に関する限り直ちに司法裁判所に出訴することのできるのはいうまでもない。したがつて、昭和三四年一一月八日開催の奈留町漁協の臨時総会の決議にして原告主張の如き瑕疵があつてその決議が適法有効でないとすれば、右決議により権利を侵害された者は、右決議の無効ないし無効を前提とする現在の権利義務関係につき司法裁判所に出訴できるのは多言を要しないところである。

二、この法理は前記紛争につき司法裁判所へ直ちに出訴することを禁ずる趣旨の規定があれば格別であるからかゝる規定の有無に付審究するに、水協法一二五条はかゝる規定に該当しない。すなわち、同条項は組合内部の紛争につき一定の条件のもとに一定の事項に限り行政庁に紛争解決のための権限を与えているにすぎない。(イ)総組合員の十分の一以上の同意を得た者が、(ロ)総会の招集手続、議決の手続、選挙に関し、(ハ)法令、法令にもとづいてする行政庁の処分又は定款規約違反を理由とし、(ニ)議決、選挙又は当選決定の日から一ケ月内に請求があつたことを条件とし、行政庁は議決、選挙又は当選を取消すことができるとしている。したがつて右規定は漁業協同組合に対する行政庁の監督権の内容とその発動の条件を規定したものにすぎない。このことは同条の文理(組合員・・・が・・・請求した場合において行政庁は・・・取り消すことができる、とし、組合員が・・・取消を請求することができる、と規定していない)並びに同条が水協法第八章監督の中の一条として規定されていることに徴しても明らかであらう。行政庁は漁民の経済的社会的地位の向上と水産業の生産力増強という水協法の目的にかんがみ、漁協組合内部の紛争につき総組合員の十分の一以上の同意を得た者の請求あることを条件としてその速やかな是正をなすため手続違反等判定に比較的容易な形式的事由に限りこれを理由に叙上の権限を附与せられたものであつて、水協法一二五条による組合員の請求は行政庁の前記監督作用を促すための補助作用的要件にすぎないものと解するを相当とする。

したがつて組合員が水協法一二五条に基き行政庁に対し取消請求をしたが取消がなされなかつた場合は、従前の私法上の権利関係の紛争は変更是正されずそのまゝ存続するから、違法な議決、選挙又は当選により権利を害せられた者は司法裁判所に訴えうること当然であり、他面取消権の発動がなかつたことにより取消請求者が権利ないし利益を侵害されたと考えうる余地は存しない。行政庁が監督権の発動をしなかつたからといつてその取消を求める訴の提起を認めることは、とりもなおさず行政庁の作為を求める訴を肯定することになり三権分立主義の見地よりわが現行法の採らないところである―本件が許可等の申請を拒否する行政行為の取消を求める訴とはその性質を異にすること明らかである。のみならず違法な議決、選挙等に基く権利義務の存否につき直接民事訴訟を提起するの直截簡明なるに思を致すべきである。

三、水協法一二五条の解釈については当裁判所の叙上の見解と異る学説判例があるから、一言附加しておく。組合の決議又は選挙に関する紛争に対しては、直接司法裁判所をして司法上の救済方法を講ぜしめるよりも、むしろ日常監督の衝にあたつて当該組合の内部状勢に精通する行政庁をして時宜適切な措置をとらせることが、健全な組合の発展を期する所以であるという政策的考慮から、水協法一二五条所定の事項に限り、同条所定の事由(議決等の内容ではなく、手続について)を理由とするときはその紛争の解決は行政庁にその救済を求め、その救済に不服ある場合裁判所に対し救済の適否に関する行政訴訟を提起しうるにとどまり、直接裁判所に民事訴訟を提起してその救済を求めることは許されない、との見解である。ところで右見解は、次の如き致命的難点があつて到底是認することはできない。すなわち、

憲法三二条は国民に裁判を受ける権利を保障し、同一三条は、すべて国民は個人として尊重されると規定している。ところで、右見解によると次の如き結論となる。総会の招集手続、議決の方法又は選挙が水協法一二五条所定の事由があつて違法でありそのため議決・選挙が無効であると解すべき場合あることは容易に考えられるところ、かゝる無効の議決等により権利・利益を侵害されたとする組合員があるとき、その組合員は他の組合員すなわち総組合員の十分の一以上の同意が得られなければ行政庁に取消請求ができず、したがつてまた出訴できない、ということになる。水協法一二五条がかゝる趣旨の規定とすれば、これは憲法の前記条項に違反すること明らかというを相当としよう。具体的事例を挙げる、組合内部に派閥抗争があり、多数派が、少数派に属する組合員を組合施設を利用しないことを理由に除名したとする。除名議決の総会において、招集にあたり所定の通知、期間をおかず(水協法四一条違反)或は議決にあたり少数派に議決権を行使させなかつた(同法二一条一項違反)場合、その少数派の組合員にして総組合員の十分の一に満たないときは、水協法一二五条所定の要件を具備しえず、したがつて同条所定の取消請求をなしえず、ひいては出訴権を奪われることになる。かゝる事例よりも明らかなように、水協法一二五条はかゝることを是認する趣旨の規定と解すべき理由はないのである。(昭和三二年(オ)第一一三六号、三七年一月一六日三小法廷判決―総会招集手続の違法を理由に議決無効確認の訴に関するもの―参照)

以上説示の理由により原告が取消を求める被告の行為は、行政事件訴訟の対象となりえないものであるから、原告の本訴請求は理由なく爾余の点の判断を省略して棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 植杉豊 及川信夫)

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